「老後2000万円不足」問題で、二階幹事長が報告書を作成した金融庁に対して、遠回しに、穏やかならぬ警告を送ったことは、前回のブログで紹介した。

ぶらさがり会見のノーカット版を見ても、二階氏の発言は、要点が欠落していてちょっとなにを言っているか分からない。
でも、記者クラブ所属の記者たちには、スッと理解できたみたいだ。
二階氏を囲んでいる記者たちは、「ふんふん」と話を聞くばかりで、誰からも「今のはどういう意味ですか?」といった質問が出てこなかった。
そこで、会見中もっとも理解しにくかった部分に、補足をしてみようと思う。
太字が、毛ば部による「補足節」になっている。
金融庁そのものが関わってなきゃ、(有識者の人だけから)こんな発言は出てこないでしょ。
これ有識者、その人らだけが勝手に言ってんじゃないの(言わされてるの)。
(あいつら金融庁の連中が)関わってるはずですよ。
これからはね、十分慎重に考えてもらいたい。(内閣人事局で人事決定するのは、官邸ですよってことを)
自分たちがおかれている立場ってことをね、
もっと真剣に考えなきゃならない。厳重に注意しておきます。」
どうだろう。
文脈が分かりやすくなったのではないだろうか。
一般人としては、なぜそこまで二階氏が、金融庁を目の敵にするかということはよく分からない。
でも、二階氏のこの発言は、「金融庁の連中が、選挙前にわざとこういう報告書を公開した」という恨み節に聞こえる。
彼らにそんな理由があるのだろうか?
6月12日、毎日新聞から面白い記事が出てきた。
「老後2000万円不足」の根拠となった「年金では毎月5.5万円足が出る説」は、実は金融庁が初めて出したデータではなく、省庁をまたがって、いろんな報告書に使われてきた、すでにおなじみのデータだったのである。
この図は、今回の年金問題に火をつけ、自民党が大慌てしている
「金融審議会 市場ワーキンググループ報告書」《高齢社会における資産形成・管理》、
10ページ目の「月5.5万円不足」を示した箇所だ。
図の一番下に、「厚生労働省資料」と書いてある。
この資料は、金融審議会の有識者が議論するために、厚労省から事前に提出された資料なのだ。
表題は、
「厚生労働省 提出資料」《iDeCoを始めとした私的年金の現状と課題》
2019年4月12日 厚生労働局年金局 企業年金・個人年金課
の、24ページ目である。
毎日新聞によれば、このグラフは他の審議会でも使われていたことが指摘されている。
(2019年6月12日毎日)
今度はこっちをよく見て見ると・・・総務省「家計調査」(2017年)と書いてある。
そしてこれが、その総務省の「家計調査報告(家計収支編)2017年」の33ページ目。
%表記と円表記が違っているものの、総額、割合、すべて同じものをベースとしたグラフであることが分かる。
そう、「月5.5万円不足」説は、2017年に総務省が行った家計調査で、今現在、実際に年金生活をしている夫婦世帯にアンケートを取って聞いた結果なのだ。
未来予想図でもなんでもない、今現在そうだという話なのだ。
それゆえ、金融審議会では、今後は月の不足が5万円では済まなくなるという意見さえ出たという。
ちなみに、これは経済ジャーナリストの荻原博子氏がテレビで言っていたことだが、家計調査というのは、記入が膨大でややこしいため、このアンケートには、相当の気力と時間の余裕を持った人しか回答できない。
ゆえに、自然と比較的余裕のある家庭のデータが出やすい、と言っていた。
そういう前提の考慮はあってしかるべきかもしれない。
さて、データ武装したところで、今一度、自民幹部のコメントを引き比べてみる。
麻生太郎氏「これまでの政府の政策スタンスとも異なっておりますので、担当大臣としては、これは正式な報告書としては受け取らない。」
財務大臣として、受け取り拒否したところで、意味がない。
このグラフはすでに複数の審議会で用いられているのだ
岸田文雄氏「極めてずさん」
これを「ずさん」とすることは、天向かって唾を吐くのに同じ。
複数の省庁に対して、調査・統計が信用ならないという意味になり、安倍政権のあり方も同時に問われる。
森山裕氏「報告書はもうない」
この報告書とは関係なく、他省庁に渡って存在する。
(ていうか、「もうない」ってなんだよ、って話だが。)
二階俊博氏「略(ブログ前半部の翻訳版を参照)」
金融庁に何か含むところがあって、「わざと」このデータを使ったというのは、あまりにひどい被害妄想だ。
家計調査の結果を引用して、忠実に「国民に金融商品の購入を促す」有識者報告書を作ったら、こんな風になってしまったというだけのことだ。
強いて言えば、選挙が近いこの時期に、このグラフが注目を浴びてしまったことは、「不運」以外のなにものでもない。
いや、むしろ世間を騒がせたこの展開に、もっとも驚いているのは、金融庁自身かもしれない。
そもそも言うと、年金が足りないということをごまかしながら、老後のための貯蓄で株を買わせようって政府の魂胆がいけ好かない。
アベノミクスで無理やりな金融緩和を強行し、弱体化した地方銀行の「金融商品販売促進」を政府が担って、国民に購入をおススメしているだけではないか。
金融緩和と年金基金・日銀の株クジラ買いで、ピークに達したとも言われている株を、いま国民につかませて、10年後、20年後、元本割れしていたらどうするんだ?
これは、2019年2月の記事だが、国による危なげな株大量買いについて書いてあるので、ぜひ参考にしてほしい。

これを機に国民は、年金の資産状況の報告を(自民党が選挙後に公表すると言っている、アレ)出させるよう、強く要求すべきだ。
そして、野党は、ただ自民党の暗愚を責めるだけでなく、将来のためにどういうことが出来るのか、新しい大きな枠組みを有権者に示すことが必要だ。
なんでも対案を求めるのは愚かだと思うが、この件に関しては、野党にはある程度の対案が必要だと思う。
この揺さぶりが、選挙まで持続することを願う。
追記(2019年6月13日)
怒りに我を失っている安倍政権に左遷されてはたまらんと、厚労省が苦しい言い訳を始めたようだ。
厚生労働省の木下賢志年金局長は13日の参院厚労委員会で、・・・報告書の作成に関し「(同省は)全く絡んでいないし、事前に協議は受けていない」と述べた。オブザーバーとして出席し、内容の修正などを求める立場ではなかったとも説明した。
・・審議会ワーキング・グループ会合に出席した吉田一生企業年金・個人年金課長について、木下氏は「『年金が足りないので投資すべきだ』と述べた事実は全くない」と強調した。(2019年6月13日共同)
たしかに「投資すべきだ」とは言っていない。
けれど、この資料が行政運営の前提である「政府統計」の一つとして機能していたのは、まぎれもない事実。
官邸からの報復を恐れて、こんな言い訳に走らなければならない行政のあり方は、相当ゆがんでいると思わないだろうか。
こういう歪みをもたらしたのは、まぎれもない安倍政権である。