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「今治タオル」問題はそこじゃない

NHKのドキュメンタリー番組「ノーナレ」が、技能実習生として悲惨な現場で働くベトナム人女性たちを取り上げた。
「ノーナレ」とは、ノーナレーションの意だ。
番組は淡々とインタビューや取材したカットが繋げられているスタイルで、製作者の「声」は一切入らない。
ナレーションを挟まないことで、「製作者の目」というフィルターを通した感覚が払しょくされ、自分自身が見てきた感覚がより強くなる。
「見せられている」というより「見に行った」感が臨場感を刺激する。
また、この番組は、毎回違ったテーマを取り上げ、特に時事・社会問題に特化しているわけではない。
なので、政治にさほど関心のない人も結構見ていたのではないだろうか。
外国人労働者の実態にあまり詳しくない人たちが視聴者に多くいて、そのたくさんの人が衝撃を受けたことも、話題になった理由の一つかもしれない。

 

話題になるのはいいことなのだけど、ただ、この問題の焦点は、少々おかしな方向に迷走する。
この件に衝撃と怒りを覚えたネット民が、工場を特定し企業名を突き止めようと動き出したのだ。
紆余曲折があって、最終的には今治タオル組合というところの、加盟企業の一つが下請けとして使っていたことが判明。
ネットでは、「今治タオル業界全体の罪か、否か」「不買運動の是非」のような議論になっていて、かなり多くの人の意見を閲覧したものの、「入管法改正」や「国家戦略特区」について触れている人が、ものすごく少ないのが気になった。
多くの人が、ブラック工場を経営する社長の非人道さを糾弾する、という方向に怒りのエネルギーを使ってしまっている。

 

そうじゃない。
この問題は、タオル業界の問題でもなければ、経営者の非人道を糾弾する問題でもない。

 

この番組の制作者は、真ん中あたりで実にさりげなく、国会審議の映像を短く挟み込んでいる。
安倍首相がアップになり、こう言う。
「技能実習制度は技能等の移転による国際貢献を目的とする制度であります。外国人材の受け入れ制度を拡充し・・」
そして有田議員が映り、
「自殺、病気、ずーっと続いている。今だって続いているんですよ。これが技能実習生の実態ですよ。」
ほんの短いやり取りだ。

 

断言はできないが、これは多分2018年の暮れに審議された「入管法改正案」のときの審議だと思う。
番組制作者は、政治からすべてが始まっていることをよく分かっているのだ。
制作者の意図は、タオルメーカーの告発ではない。
しかし残念なことに、ネットでは感情的に「ブラック工場」への憤りで盛り上がっている。

 

実を言うと、私がこの番組を見たとき、実習生の職場環境に対して「えっ!」と驚くことはなかった。
入管法改正案が国会で審議されている頃、野党からいろいろな実態報告が上がってきていたからだ。
野党が質疑のための調査で掘り起こしてくる社会問題には、実に重要な報告であることが多い。
この入管法改正案の質疑でも、実習生の失踪者や死亡者などが、初めて野党議員によって明るみに出されたことは、今でも印象に残っている。

 

新聞やテレビでも、衝撃的なものに関しては取り上げられていたが、話題として広まるには、いかんせん審議時間が短かった。
自民党が「新年度に施行を絶対に譲らない」と主張したためだ。
「外国人に労働ビザを出しましょう」という点以外、細かい話は「のちほど政令で」という対応で押し切り、最近では珍しくなくなった「強行採決」で、この法案は通った。
衆院での審議は、たったの17時間だった。

 

なぜ自民党は、2019年の4月から、入管法を改正する必要があったのか?
同じ年の7月に参院選があるからだ。
なんとしてもその前に、支持団体である、安い労働力を必要している経営者たちに、いい顔をする必要があったのだ。
今の日本の政治は、常にそういう動機で動いている。
住みやすい世界になんか、なるはずがない。

 

この問題は、右でも左でもない。
こういう実習生のひどい実態を見せられて、許容できる人は、きっと世の中にはそんなにいないと思う。
もし私たちが、こういう実態を見て怒りを感じるのであればのであれば、するべきは、非道な個々の経営者へのバッシングではない。
外国の素朴な若者たちをいわゆる「カタに嵌める」ようなやり方で日本に連れてきて、家畜のごとく働かせる。
それで企業が儲ける、また中間に入る外国人材屋である機構が儲ける、そういう金儲けのスキームを作って特定の人たちに分け与えている政治に、ありったけの怒りをぶつけるべきなのだ。

 

これは一経営者の人間性の問題ではなく、政治の廃退がもたらした現象なのだということを、きっとこの番組の制作者も言いたかったのではないか。
NHKのニュースでは、政府与党に都合の悪い情報は、かなり制限されているらしいことが、視聴者にもあからさまに分かるようになってきた。
報道は上層部のコントロールが効いているけれど、こうしたドキュメントには、まだ戦う力が残っている、ということだ。
そういう点で、少し希望を与えてくれる番組だった。

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